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20030817
紙運び
このごろ、体がだるくて疲れやすく、どんなことに対してもやる気が出ない。仕事にも支障が出てきている。何か病気の初期症状かも知れないので、内科を受診してみることにした。
「次の方、お入りください」
私は、はいと答えて診察室のドアを開ける。
「そこに座ってください、どうしましたか?」
体がだるい、やる気が出ない等々症状を伝える。医者は私の話頷きながら聞きメモを取っている。一通り話を終えると、
「では、血液検査などの精密検査をしますので、部屋を出たところにいる看護婦にこの紙を渡してください」と医者は言って、クリップボードに挟んだ紙を私に差し出した。
医者に会釈をして診察室を出ると、言われたとおりに外の看護婦に紙を渡す。看護婦は慣れた様子で検査を行う部屋の場所を私に説明し、クリップボードに別の紙を挟んで私に手渡した。
指定された部屋はレントゲン室だった。部屋の中に居た白衣を担当者に紙を渡すと、私はレントゲン台に載せられて何枚かレントゲンを取られた。レントゲンの担当者はクリップボードに更に新しい紙を挟むと、次の部屋の場所を説明した。
私は紙が挟まったクリップボードを持ち、たくさんの部屋を回り、たくさんの検査を受けた。血を抜かれたり、機械に固定されて逆さまにされたりするたびに、色々と説明をされたがASTだのMRIだのアルファベットばかりで意味が分からなかった。
十数番目に指定された場所はもとの診察室の前のベンチだった。零れ落ちそうなほど紙の挟まったクリップボードを看護婦に渡すと、ベンチに座り診察室から声が掛かるのを待った。
「次の方、お入りください」
はいと答えて、ドアを開けて、椅子に腰をかける。
「お疲れ様でした。精密検査の結果なのですが、特に異常は見られませんでした」
「え、異常は無いんですか?」
「ええ、どの数値を見ても正常な範囲です。精神的な原因かもしれませんので、心療内科の受診をお勧めします。最近は自律神経失調症やうつ病などで、精神的なストレスが原因で体の調子を崩す患者さんも多いんですよ。こちらで受診の手続きをしておきますので、これを持ってそのまま心療内科外来に行ってください」
また、紙を受け取った。今度はクリップボードは付いていない。
一応、お礼を言い、診察室を出る。
心療内科は同じ病院の中でもちょっと遠い場所にあった。心療という響きが怪しげなので、多少心配していたが、内科とほとんど変わらないようだ。
『うつ病は適切な治療で治る病気です。早めに専門医に相談しましょう』と書いたポスターが貼ってある。さっきの先生が言ってたのはこのことかもしれない。
「次の方、どうぞ」
不意に呼ばれて少し驚いたが、ドアを開けて椅子に座る。
「どういった症状ですか?」医者はじっとこちらを見ている。
私は先ほどの医者に伝えたのと同じように、自分の症状を伝えた。医者はメモを取ったりはせず、私の方を向いて話を聞いている。
「なるほど。では、いくつか質問をするのでそれに答えてください。いいですか」
質問は全部で30個くらいだっただろうか。よく眠れるかのような普通のものから、一人でいると発狂しそうになりますかというようなキチガイじみたものまで、内容は様々だった。
「これは治療は出来ません」質問を終えると医者はそう言った。
「治療は出来ませんって、そんなに悪い病気なんですか?」
「いえ、病気ではありません。病気ではないので治療も出来ません」
「でも、確かに体調が悪いんですよ。何の病気か分からないだけじゃないんですか?」
私は何も間違ったことを言ってないはずだ。具合が悪いのだから、必ず原因があるはずだ。原因が分からないというなら、やぶ医者に違いない。
「最近増えてるんだよ。自分の体調が優れないのは病気にかかっているせいだ、と言ってくる人が。何でも人のせい病気のせいにして、自分のせいじゃないっていう人がね。君は病気じゃない。私が保証する。君のはただの怠けだ。怠けは病気では無いから治療は出来ない」
やはり、紙を渡された。
受付に紙を届けて、診察料を支払う。
私は怠け者と言われるためだけに、何回も部屋から部屋へ紙を運んだのだ。こんなことなら紙運びなんて怠けてしまえばよかった。
病院から外に出て数歩進むと歩くのさえ面倒になり、私は歩みを止めた。息をするのさえ面倒だ。怠けてみた。
怠け者の心臓も怠け者になった。
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